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エンジニアがお金について本気出して考えてみた

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「バブルの物語」を読んで、いつ来るか分からない崩壊に備える

株式投資 おすすめ本
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「金融の世界くらい歴史がひどく無視されるものはない」という名言で有名な、ガルブレイスの「バブルの物語」を読みました。

新版 バブルの物語

新版 バブルの物語

株式投資に手を出している以上は、何らかのバブルに巻き込まれた上でその後の大暴落で資産を失ってしまうリスクが常にあります。そのため、完全にタイミングを見切るのは無理としても、バブルからの暴落が起こる際に観測されるシグナルには敏感になっておきたいと思って同著を紐解きました。

同著は古典的なチューリップ・バブル、サウスシー・バブルから1929年の大恐慌、最近のものでは日本でのバブル崩壊の話題まで広く取り扱っていますが、第二章で既にこれらのバブルに共通する特徴がまとめられています。

バブルの際には、レバレッジが再発見される

同著では「てこ」という表現が使われていますが、現代ではレバレッジという言葉の方が一般的だろうと思うのでこちらを使います。要は、自己資金を超えた金額で投資を行いリターンを得るような行為ですね。 ガルブレイスによれば、バブルの際には大衆によってレバレッジが「再発見」されます。つまり、「少ないお金でも、今値段の上がり続けている◯◯に投資できます」という触れ込みが広がり、それによって高いリスクを取って取引をする人の総数が増えるということです。

記憶に新しいところでは、リーマン・ショックの引き金となったリーマン・ブラザーズ倒産の一因として、同社が高いレバレッジをかけて巨額の取引を行っていたことが挙げられます。この法則については、どうやら見事にあてはまっていそうです。

バブルの際には、新しい、今までになかったような手法が発見される

ガルブレイス曰く、金融において「革新的に今までより儲かる何か」が生まれたりすることはありません。今まであった商品をごく僅かに変えたみただけのものを、証券会社その他は「新しい、利回りの高く安全な商品」として売り出し続ける、ということです。

そのため、手を変え品を変え「新しい手法」が発見され、人々の金融の歴史に対する記憶力のなさ故に「儲けの手法」としてもてはやされ資金が集まります。リーマン・ショックに関して言えばCDOなどの商品がこれに相当するのではないでしょうか。

金融がいかに見た目上の進歩を遂げようと、ローリスク・ハイリターンのうまい話なんてものは存在しない、と心に留めておく必要がありまう。

大暴落の前には金融の天才が現れる

新しい手法とレバレッジが再発見されるのと同時に、それらを駆使して富を築く「金融の天才」が必ず現れる、とガルブレイスは言います。「金融の天才」あればこそ、大衆も「自分もあの人のように賢くお金を儲けたい」という思いに囚われ、そこから投機が一般の投資家にも広がることになります。

「あんなにお金を儲けているのだから、きっとあの人は偉大な頭脳を持っているのに違いない」という大衆の誤解も金融の天才の魅力を高める一因になります。能力の高い人間の方が富を築ける可能性は高いですが、富を築いたからといって能力の高さが証明されるわけではないのですから、「私はこうやって儲けた」という人の言葉は眉に唾をつけて聴くべきでしょう。

バブルの真の原因が人間の欲望とそれに続く投機であったことは毎回無視される

バブルに伴う投機は、「これに乗っかっていれば自分も儲かるに違いない」という金銭的欲望から起こります。そう思い込んでいる人間の多さから特定の金融商品が値上がりし続ける、という事態が起こり、何らかのタイミングで暴落するというだけなのですから、バブルとそれに続く暴落の真の原因は暴落の際に観測された「小さなきっかけ」ではなく、人間の欲望そのものです。

ですが、バブルと暴落の起こった後では欲望と投機そのものに批判の矢は向けられず、政府などの特定の機関や企業の取った行動がバブルと暴落を引き起こしたのだ、という理由付けがなされます。

バブル景気 - Wikipedia

これについては理由が明確で、特定の誰かのせいにすることで我々自身の欲望が否定されずに済むからです。「より豊かになりたい」「少しでもお金がほしい」「少しでも楽な暮らしがしたい」というささやかな希望すらも、バブルの時にあっては投機へ人を向かわせる欲望に姿を変えます。人間の進歩を支える希望と投機に向かわせる欲望は表裏一体のものです。片方だけを都合よく持ち上げたり批判したり出来るものではありません。

より豊かに生きたい、というささやかな希望、その希望が金融市場と結びついた時に何が起こるか。ろくでもない自体を招いたのは一部の悪人だけではなく、多くの人間の願望そのものではないのか。例えば、もし「自分には分不相応だから家はいらない」と思うアメリカ人ばかりだったとしたら、サブプライムローンはあそこまで広がったでしょうか?悪いのは本当に強欲な投資銀行だけなのでしょうか?

悪人を見出してスケープゴートにすれば、大衆が自分自身の欲望を見つめ、批判する必要はなくなります。そのため、暴落の際には「金融の天才」がくるっと一回転して、非難するべき悪人が現れるのです。

まとめ

こういう書物を読んだからといって本当の暴落の前に逃げ切れるとは思いませんが、少なくとも歴史に学ぶことで危険なシグナルを警戒しつつ投資を行っていきたいと思っています。

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