エンジニアがお金について本気出して考えてみた

株式投資や節約などについて書きます

キャリアパスを考える前に、自分がどういう生活をしたいか考えるのが本当なんじゃないだろうか

スポンサーリンク

この前、前の会社の後輩と飲む機会があり、そこで話したこと。

タイトル通りなのだが、会社で働いていると「今後のキャリアパスをどうするか〜」みたいな話を何らかの形ですることになる。

僕はキャリアパスという言葉が出てくるたびに「まだちょっと分からないですねー」みたいなことを言って逃げていたのだが、よく考えればキャリアパスだけを単体で考えるというのがそもそも変な話なのだ。

キャリアパスというのは、平たく言えば「どういう風にお金を稼いで行きたいか」ということだろう。つまり、今後に渡ってその時点と同等、あるいはそれ以上の給料を働いて得る、というのが「キャリアパスをどうするか?」という問いの前提になっている。

配偶者がおり一定期間の後に妊娠する、というのがある程度確定している女性のような場合は若干話しが異なるかもしれないが、それでも「キャリアパス」という言葉には暗黙の上昇志向が漂う。これからもこれまで以上にお金を稼いでいく、というのが話の前提で、そういう風にお金を稼いでどういう生活をしたいのか?という問題はここでは忘れ去られている。

だが、どの位お金を稼ぎたいか、つまりキャリアアップしたいかどうか、というのはその人がそもそも「どういう生活をしたいか」によるのだ。そんなにバリバリ頑張らなくていいからこのくらいはお金が欲しいです、という人もいるだろうし、逆にどれくらい働いてもいいから今はとりあえずお金が欲しい、という人もいるだろう。だが、キャリア、という言葉が出てきた途端に前者は暗黙に「いないもの」とされている。僕はそんな気がするのだ。

もちろん、どのくらいお金を稼いで、どんな生活をしたいか、というのは一種プライベートに関わることなので、会社がそこまで踏み込む義務も権利もない。ただ、「どういう風に生きたいか」という根本的な問題を棚上げにして暗黙の上昇志向の上に「キャリア」を語ること、それは会社で行われる儀式のうちでも最も残念なものの一つだ。